彼女は透明な翼を持っていた

けれど飛べないのだと彼女は言った

何もかも透過してしまうらしい

光も 風も 音も 心も

その翼に

彼女は押し潰されそうになっている

何もかも透過してしまうから

この世の全ての重みが

彼女の背中にのしかかる

翼が輪郭を持てば

彼女は翼に護られて

どこまでも飛んでいけるはずなのに


拠点の旗とは何か

ひとつ前の記事の詩が朗読劇になった。というのは、やや大袈裟で語弊があるが、正確に言うと、劇団に所属している友人が、この詩をきっかけにして脚本を書き上げたという出来事があった。

友人の所属する劇団の朗読劇が、今年の2月下旬に某所で上演された。私はスケジュールの都合で見に行くことは叶わなかったが、後日、友人からの報告によると、とてもいい会になったとのことで安心した。

その朗読劇は、友人が脚本を書いた。私の詩がヒントになり、一気に書き上げたと言う。

人は、確固たる拠点を持って初めて自由になれると私は考えている。有り体に言えば、「帰る場所がある」かどうかという話である。その意味で、前記事の詩は、『家族とは子どもを縛りつける場所であり、子はそれをふりほどいて旅立つものであり、過去となった家族は帰ることができる拠点とはなりえない』といったニュアンスが含まれる。

以下、友人の劇のおおまかな内容である。

登場人物はとある家の長女、長男、次女である。この中で、長男と次女は家族から旅立ち、それぞれに重い事情がありつつも外に拠点を置くことに成功したように思える一方で、長女は実家に引きこもりとなり、自室という小さな世界に拠点の旗を立てる。しかし、この自室の拠点の旗こそが、家族への最大の反旗であった。

旗を立てるということは一種の自立であり、家族というのは親がすでに立てた旗がある。そこに子が旗を立てるということは、旗の重複であり侵略である。長女は、生き延びるために家族を侵略することを選ぶ。しかし、そこに最終的に残るのは、空虚なままごとの城塞である。

私の書いた何気ない詩に対して、非常に深い物語を書き上げた友人は賞賛に値する。特別に脚本の初稿を読ませていただいた時は衝撃を受けると同時に感動した。一生の宝物になると思う。


子どもは家族を選べないから

拠点の旗を立てられない。


言葉を持たぬ魂が

何かを伝えようとしている。

耳をすます者はいるか。

目をこらす者はいるか。

どこにも誰もいないことを悟った魂は

再び言葉のない世界に閉じこもる。


まだ、

自分のスタイルというものがないから、

なにか強いものに出会うと、

炎に包まれるように隔絶されて、

自分のありかが熱でとけて

わからなくなる。


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