4.翌日、ヤジタは部活の朝練で、みんなどこかよそよそしい態度なのが気になった。

翌日、ヤジタは部活の朝練で、みんなどこかよそよそしい態度なのが気になった。気のせいかと思ったが、教室に入ると、何人かはヤジタをちらちらと見てはクスクスと笑う。いよいよ気のせいではない。そのうち男子の一人がヤジタの席へ歩いてきた。
「ヤ、ジ、タ、くーん。昨日、スイとデートしたんだって?」
ヤジタは思わずのけぞった。
「なんの話だよ」
「とぼけんなって。昨日、水族館でおまえらを見かけたってやつが言ってたぞ。おまえ、ガッチガチになっちゃってたって? だっせえの。スイなんか相手にそんな様子じゃ、男としてどーなのよ」 続きを読む 4.翌日、ヤジタは部活の朝練で、みんなどこかよそよそしい態度なのが気になった。

3.ある日、ヤジタは男子に囲まれて漫画やテレビ番組の話題に興じていたが、

ある日、ヤジタは男子に囲まれて漫画やテレビ番組の話題に興じていたが、そのうち「便所行く」と言って廊下に出た。
その瞬間、背後から大きな声が聞こえた。
「ヤジタくん!」
ヤジタは体をこわばらせた。振り返ると、スイが歩いて来るのが見えた。
みんなの視線が、スイとヤジタに集まる。
「今、ちょっと大丈夫?」
スイが笑いかけてくる。 続きを読む 3.ある日、ヤジタは男子に囲まれて漫画やテレビ番組の話題に興じていたが、

2.昼休み。マキノがオレンジジュースを飲みながらヤジタの席まで来た。

昼休み。マキノがオレンジジュースを飲みながらヤジタの席まで来た。
「ヤジタ、スイのこと、ありがとね」
「あぁ、たまたまだよ」
ヤジタがマキノの方を向く。その視線の先に、マキノが何かを見せてきた。ピンク色のパッケージがかわいらしい、いちごミルク。
「何、これ」
「スイから。ヤジタにお礼だってさ」
「なんでいちごミルク?」 続きを読む 2.昼休み。マキノがオレンジジュースを飲みながらヤジタの席まで来た。

1.十七歳のヤジタは、クラスメートのスイに恋していた。

十七歳のヤジタは、クラスメートのスイに恋していた。スイは背が小さく、地味で大人しいのだが、学年中の男子を夢中にさせる魅力を放っていて、高嶺の花と崇められている。
だが。
「二組のあいつ、ウチのクラスのスイが好きらしいぜ」
「マジかよ。身の程を知れっつうの」
「スイのことマジになる奴なんて、バカしかいないよ」
たとえスイに恋していようとも、 続きを読む 1.十七歳のヤジタは、クラスメートのスイに恋していた。

闇を照らす光は、希望か、絶望か

何故かは分からないが、真っ暗闇の中で、首から下が地中に埋まっていて、身動きがとれない。最初は、足首までだった。だから、このぐらい平気だと軽く見ていたのが間違いだった。前に進まなければともがいていたら、いつのまにか、下半身がまるまる埋まっていた。これは本格的に危ないかもしれないと考え、さらにもがいた結果がこれだ。もがこうにももがけない。体は疲弊し、首も回らない。もう、何年この状態でいるのか。この暗闇の主になった気分だ。

そう、私は、この暗闇の主だ。

そう思ったら、気分が楽になった。この暗闇を支配しているのは、私だ。慣れてしまえば、心地良いではないか。

息苦しくなることもある。時々、誰かがやって来て救い出してくれないかと期待することもある。けれど、そんなことはすぐにどうでもよくなる。

もう、私はこれで完成している。今更変える気にはならない。

 

あるとき、この暗闇の中で、光の筋が見えて、すぐに消えた。またあるとき、再び光の筋が見えて、すぐに消えた。二度目の光は、少しだけこちらに近づいていたようだ。何度か、この光は現れては消え、現れては消えを繰り返していた。光は、近くまで来たかと思えば、遠くへ行くこともあった。次はどこを照らすのだろう。

退屈な暗闇の中で、光のダンスは案外、私の心を刺激した。こういうのも悪くない。私は娯楽として、それを楽しむようになっていた。

 

その日も、いつものように光の筋が現れ、地面を照らした。

そこには、人の頭があった。

私は、後頭部が痺れた! この闇にいるのは、私だけではなかったのか! 頭上から降り注ぐ光に、その頭はしばらく呆然としていたようだが、突如、断末魔の叫び声をあげて消えた。同時に、光の筋も消え去った。

いまだかつて見たことのない光景に、私は唖然としていた。

また、近くで光の筋が見えた。私は心臓が縮み上がった。そこには人の頭などなく、ただ地面があるだけだった。

 

それから、光の筋は時々ぽっと現れ、地面を照らしては消えていた。

そして、再び「それ」は起こった。

少し遠くだったが、地面にはっきりと黒いまるい塊が見えた。そして、断末魔の叫びが聞こえ、消えた。

「逃げなければ」と、思った。私も、いつあの光に照らされるかわからない。

私はもがいた。久しく動かしていなかった体を死ぬ気で動かしたが、体がすっかり石のようになっていて動かない。その間も、光の筋は現れては消えていた。光は現れるたびに、私に近づいているような気がした。

そして、とうとう、光は私を照らした!

もうおしまいだと絶望した、その瞬間、私の頭は勢いよく地面に吸い込まれ、そのまま、再び暗闇の中へ、ひたすら下へ下へ落ちていった——。

趣味 死ぬこと

死ぬ時は、病死や事故死ではなく、十分生きた上で安らかに死にたい。誰もが願うことだろう。

想像するだけなら、病死も事故死も自殺もできる。

病死の時は、愛する者に向けてビデオレターを撮影しているところを想像する。死を覚悟するから苦しみは無い。

事故死の時は、ダンプカーにはねられたり、雷に撃たれて黒コゲになったりする自分を眺める形で想像する。即死だから苦しみは無い。

自殺の時は、首を吊ったり、一酸化炭素中毒で死ぬところを想像する。世の中を恨みながら死んでいく。自殺の動機として妥当だろう。その死体を、愛する者が発見し悲しみにくれる。その悲しみようを見て、罪悪感が生まれ、死を想像するのをやめる。

本当に死ぬまでに、あと何回死ぬことを繰り返すかはわからないが、もはやこの行為は生活の一部となりつつある。

パスワード

パスワードが増えて、メモをとらないと覚えきれなくなった。

同じパスワードを使うのは危険と言われているので、仕方なく毎回違う文字列を入力している。面倒と思う反面、安心できるのでまあよしとしているが、最近、日常でもパスワードを設定しないと落ち着かなくなった。

例えばメモをとる際、ペンのキャップをはずす時に、頭の中でそのパスワードを入力しないとはずせない。

また、電車の扉が開く時も、頭の中でパスワードを入力しないと落ち着かない。もし入力完了前に扉が開いたら、恐ろしくてその電車には乗れず、次を待つ。

一番困ったのは、トイレで用を足す時、パスワードをうっかり忘れて数時間便座で苦しんだことだ。

それ以来、パスワードをメモしたノートを常に持ち歩くようになった。