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黄金

 海の向こうに、黄金の国があるという言い伝えがあった。川や山、城壁、そこに住む人間たちまであらゆるものが黄金だといった。
むかし、その国に侵略者があった。言い伝えのとおりなら黄金が手に入るはずだ。ところが、いざ上陸してみれば、ただの水が流れる川、青々とした山、石灰岩でできた城壁、彼らと同じ姿形の人間……。住人がどこかに黄金を隠し持っているに違いない、地下に黄金の世界へ続く秘密の通路があるのかもしれない——と、侵略者は住人を捕らえ、拷問し黄金の在りかを聞き出そうとした。しかし住人は、何も知らないと泣いて助けを乞う。侵略者は堤防を壊し川を氾濫させ、山に大砲を打ち込み、城壁を叩き壊し、白を切る住人を虐殺した。黄金の国は、半日で壊滅した。
唐突に、地平線に沈む夕陽が、川だった水を、山だった土砂を、城壁だった岩を、住人だった屍を黄金に染めた。黄金となった侵略者たちは動きを止めた。呆然と瞬きをしているうちに、黄金の輝きは消え、周囲は静寂な闇に染まった。

飽和

こうして、ちょっとした文章を書いていると、すぐに飽きてしまう。今、この文字を書いている瞬間も、この話を書くことに飽きている。とにかく飽きっぽい。読書をしていてもすぐに飽きるし、散歩をしていても飽きる。食事も飽きるし、会話も飽きる。恋人にも飽きるし、仕事にも飽きる。考えることにも飽きるし、呼吸をすることにも飽きている。

忘却

君が死ぬのは構わない。だけど、僕を忘れるのだけは許さない。君が死ねば、君は僕を忘れるだろう。僕が死ねば、君は僕を忘れるだろう。それは絶対に許さない。君が死ぬのは構わない。だけど、僕を忘れるのだけは許さない。

闇を照らす光は、希望か、絶望か

何故かは分からないが、真っ暗闇の中で、首から下が地中に埋まっていて、身動きがとれない。最初は、足首までだった。だから、このぐらい平気だと軽く見ていたのが間違いだった。前に進まなければともがいていたら、いつのまにか、下半身がまるまる埋まっていた。これは本格的に危ないかもしれないと考え、さらにもがいた結果がこれだ。もがこうにももがけない。体は疲弊し、首も回らない。もう、何年この状態でいるのか。この暗闇の主になった気分だ。
そう、私は、この暗闇の主だ。
そう思ったら、気分が楽になった。この暗闇を支配しているのは、私だ。慣れてしまえば、心地良いではないか。
息苦しくなることもある。時々、誰かがやって来て救い出してくれないかと期待することもある。けれど、そんなことはすぐにどうでもよくなる。
もう、私はこれで完成している。今更変える気にはならない。

あるとき、この暗闇の中で、光の筋が見えて、すぐに消えた。またあるとき、再び光の筋が見えて、すぐに消えた。二度目の光は、少しだけこちらに近づいていたようだ。何度か、この光は現れては消え、現れては消えを繰り返していた。光は、近くまで来たかと思えば、遠くへ行くこともあった。次はどこを照らすのだろう。
退屈な暗闇の中で、光のダンスは案外、私の心を刺激した。こういうのも悪くない。私は娯楽として、それを楽しむようになっていた。

その日も、いつものように光の筋が現れ、地面を照らした。
そこには、人の頭があった。
私は、後頭部が痺れた! この闇にいるのは、私だけではなかったのか! 頭上から降り注ぐ光に、その頭はしばらく呆然としていたようだが、突如、断末魔の叫び声をあげて消えた。同時に、光の筋も消え去った。
いまだかつて見たことのない光景に、私は唖然としていた。
また、近くで光の筋が見えた。私は心臓が縮み上がった。そこには人の頭などなく、ただ地面があるだけだった。
それから、光の筋は時々ぽっと現れ、地面を照らしては消えていた。
そして、再び「それ」は起こった。
少し遠くだったが、地面にはっきりと黒いまるい塊が見えた。そして、断末魔の叫びが聞こえ、消えた。
「逃げなければ」と、思った。私も、いつあの光に照らされるかわからない。
私はもがいた。久しく動かしていなかった体を死ぬ気で動かしたが、体がすっかり石のようになっていて動かない。その間も、光の筋は現れては消えていた。光は現れるたびに、私に近づいているような気がした。

そして、とうとう、光は私を照らした!
もうおしまいだと絶望した、その瞬間、私の頭は勢いよく地面に吸い込まれ、そのまま、再び暗闇の中へ、ひたすら下へ下へ落ちていった——。

趣味 死ぬこと

死ぬ時は、病死や事故死ではなく、十分生きた上で安らかに死にたい。誰もが願うことだろう。

想像するだけなら、病死も事故死も自殺もできる。
病死の時は、愛する者に向けてビデオレターを撮影しているところを想像する。死を覚悟するから苦しみは無い。
事故死の時は、ダンプカーにはねられたり、雷に撃たれて黒コゲになったりする自分を眺める形で想像する。即死だから苦しみは無い。
自殺の時は、首を吊ったり、一酸化炭素中毒で死ぬところを想像する。世の中を恨みながら死んでいく。自殺の動機として妥当だろう。その死体を、愛する者が発見し悲しみにくれる。その悲しみようを見て、罪悪感が生まれ、死を想像するのをやめる。
本当に死ぬまでに、あと何回死ぬことを繰り返すかはわからないが、もはやこの行為は生活の一部となりつつある。

パスワード

パスワードが増えて、メモをとらないと覚えきれなくなった。同じパスワードを使うのは危険と言われているので、仕方なく毎回違う文字列を入力している。面倒と思う反面、安心できるのでまあよしとしているが、最近、日常でもパスワードを設定しないと落ち着かなくなった。例えばメモをとる際、ペンのキャップをはずす時に、頭の中でそのパスワードを入力しないとはずせない。また、電車の扉が開く時も、頭の中でパスワードを入力しないと落ち着かない。もし入力完了前に扉が開いたら、恐ろしくてその電車には乗れず、次を待つ。
一番困ったのは、トイレで用を足す時、パスワードをうっかり忘れて数時間便座で苦しんだことだ。
それ以来、パスワードをメモしたノートを常に持ち歩くようになった。