5.ヤジタは午後の授業が始まる前に、スイに早速メールを送った。

ヤジタは午後の授業が始まる前に、スイに早速メールを送った。

〈ヤジタです。マキノから連絡先聞きました。昨日はごめん。直接謝りたいから、あとで電話する〉

授業中、スイの反応が気になって仕方なかった。授業が終わり、休み時間に確認してみたが、返信はなかった。
放課後、部活へ行くため荷物をまとめていると、教室に残っていた男子たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
「今日、スイ来なかったな」
「なんだよ、お前、寂しいの?」
「違ぇよ。おかげで授業に集中できて、今日はいい日だったって言ってんの」
「あ〜、そうだよな。スイがいると授業の妨げになる」
ぎゃはは、と醜い笑い声が響く。
勝手なこと言いやがって。ヤジタが彼らの方を向くと、その近くで仏頂面をして立っているマキノが目に入った。いつも「やめなさいよ」と庇うマキノが今日は何も言わず、唇を噛んでいるだけだった。
ヤジタの足が、自然に彼らの方へ向いた。
躊躇いはなかった。
「なぁ、もう、そういうのやめねぇか?」
男子たちは、驚いた様子でヤジタを見た。
ヤジタは、それを無視して続けた。
「前から思ってたけど、スイのこと好きなら好きってはっきり言えよ。言えないなら、せめて悪口は言うなよ」
賑やかだった教室が、静まり返る。
「授業に集中できないのは、スイのせいじゃなくて、お前がスイに見とれてるせいだろ。でも、そうやって少しでも好意的なこと言うと馬鹿にされるから、あえて悪口で自分の気持ちの大きさを示して、自分だけが『本当のスイ』を知ってる気になる。それって、ほんとに、みじめだと思わないか?」
男子たちは、すっかり黙って気まずそうに互いに目配せしたり、俯いたりしている。
そのうちの一人が呟いた。
「カッコつけてるけど、お前だって同類じゃねぇか。スイに気に入られてるからって調子に乗りやがって」
ヤジタは、自分の矛盾を鋭く突き刺されたショックで息が止まった。それから、吹き返す時の勢いで何か言おうとした時、教室の外から他のクラスの野球部員の声が聞こえた。「早く来い。もたもたしてるとコーチに怒られるぞ」
ヤジタは出かかった言葉を飲み込んで、足早に教室を出た

部活が終わって携帯電話を見ると、メールが届いていた。心臓が跳ね上がり、運動で流した汗が冷や汗に変わったが、送り主はマキノだった。

〈さっきは、スイを庇ってくれてありがとう〉

自分の行動が本当に正しかったのかどうか、部活の間ずっと気になっていたが、このメールでヤジタの心が、すっと軽くなった。
学校を出た頃には夜八時になっていて、すっかり暗くなっていたが、ヤジタの目に映る空は澄み渡る青空だった。
ヤジタは帰る道すがら、スイに電話をかけてみたが、聞こえてきたのは圏外のアナウンスだった。

——お客様のおかけになった電話番号は、電波の届かない所に……。

家に帰ってからも相変わらず圏外だった。マキノに相談してみたが、「あたしも全然繋がらないの。ケータイ壊れたのかな」という返事だった。
ヤジタは、なんだか嫌な気分だった。自分のあの発言がきっかけだと思うと、落ち着いていられなかった。
明日スイが学校に来たら、真っ先に謝ろうと思った。もし学校に来ていなかったら、マキノにスイの住所を教えてもらって、授業を抜け出して行こうと思った。

次の日、朝のHRの時間になっても、スイは現れなかった。担任が教室に入ってきたので、マキノに住所を教えてもらうのは授業の後にしようと決めた。
担任は、やけに神妙な面持ちでいた。
「今から、緊急で学年集会があります。体育館へ移動してください」
面倒臭そうな溜め息や嘆きが、教室を満たした。どこかのクラスの馬鹿が非行で捕まったのか、とか、部活で事故があったのか、とか、めいめい他人事のように噂し合っては笑っている。ヤジタも内心、自分と関係ないことで招集されるのは嫌だった。ヤジタの中ではスイのことが最重要事項で、他の何物にも邪魔されたくなかった。
体育館に二年生が全員集まると、壇上に学年主任が現れた。
マイクを通じて放たれた主任の言葉に、ヤジタは凍りついた。

「二年三組の引田スイさんが、昨夜、自宅で亡くなりました」