2.昼休み。マキノがオレンジジュースを飲みながらヤジタの席まで来た。

昼休み。マキノがオレンジジュースを飲みながらヤジタの席まで来た。
「ヤジタ、スイのこと、ありがとね」
「あぁ、たまたまだよ」
ヤジタがマキノの方を向く。その視線の先に、マキノが何かを見せてきた。ピンク色のパッケージがかわいらしい、いちごミルク。
「何、これ」
「スイから。ヤジタにお礼だってさ」
「なんでいちごミルク?」
「あの子のイチオシなの。おいしいんだって」
「だからって、なんでこれなの? なんか、すげぇ恥ずかしい」
受け取りながら、思わず笑いが漏れる。
「じゃ、そんなわけだから」
マキノが自分の席へ引き返すのを、ヤジタは慌てて引き止めた。
「あ、マキノ、ちょい待ち! ちょっと、ここに居てくんない? これ、ひとりで飲むの恥ずかしい」
「へ? 別に男がいちごミルク飲んだっていいじゃん」
マキノは呆れた様子を見せたが、何を思ったか突然吹き出した。
「あんたの黒くてゴツい手に囚われたいちごミルクちゃん、カワイソウ」
「ほら、そーやって笑われるから恥ずかしいんだよ! 責任持って付き合え!」
「なんの責任よ」
「いや、わかんねぇけど……」
「しょーがないなぁ。ヤジタって結構世話が焼けるのね」
マキノが憎まれ口を叩きながら、弁当を持ってヤジタの前に座る。
そのとき、スイが教室に戻って来た。
「あ、スイ! 今日はここで食べよ!」
マキノが大きな声を出したせいで、ヤジタは教室中の視線を集めてしまった。
あとでクラス中の男子から、また質問攻めに遭うのかと思うとげんなりしたが、弁当を持って近づいて来るスイの笑顔が眩しく見えて、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
スイとマキノが一緒にいる光景は、別段珍しくもない。美術の授業でペアを組んで互いの似顔絵を描くときも、体育で準備体操をするときも、昼休みに弁当を食べるときも、ふたりはいつも一緒だった。それについては、誰も咎めはしなかったし、日常としてみんなの目に馴染んでいた。
ところが、今はそこに、色黒で、身長一八〇センチメートルの硬派な野球部員がいて、仲良く三人で昼飯を食べている。
周りは、奇怪なものを見る目で彼らを見る。その視線が痛くて、ヤジタは、結局ひとりでいちごミルクを飲んでいる方がマシだったな、と終始苦い顔をしていた。

それ以来、ヤジタはどういうわけか、昼休みはスイとマキノと三人で昼飯を食べるようになっていた。食事が終わっても、校庭や体育館へ遊びに行かず、女子二人のおしゃべりを聞いていた。
「そういえば、ヤジタって彼女いるの?」
また、マキノが胸の奥を突いてくる。些細な質問のはずだが、目の前にスイがいる今、ヤジタにとっては、マキノが自分の身辺を嗅ぎ回る探偵のように見えて、慎重になってしまう。
「別に、いないけど」
「ふーん、いないんだ」
マキノがにやにやしている。
「なんだよ、悪かったな。たまたまいないだけで、できる時はできるんだからな」
「ちょっと、ムキになんないでよ。馬鹿にしてるわけじゃないんだから」
「そういうお前はどうなんだよ」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、マキノはわざとらしく科を作った。
「快晴の特進コースに彼氏がいますの」
快晴高校は、日本最高峰のT大学への高い進学率を誇る名門校だ。そこの特進コースに通えるのは、エリート中のエリートということになる。
「マキちゃんの彼氏、頭いいし、すごく優しいよね」
スイがにこにこと微笑みながら言う。
「そうなの。今日も学校終わったら勉強見てもらう約束してるんだ。付き合って二年経つけど、まだラブラブだよ」
マキノの周りで花がくるくると舞っているのが見えて、ヤジタは呆気にとられた。
確かにマキノは勉強ができる。テストではいつも学年二十番以内には入っている。その秘密は、彼氏の教育の賜物だったようだ。
性格も女らしく教育してもらいたい、とヤジタは口には出さなかった。
昼休みが終わり、スイとマキノがトイレへ行くため廊下に出た時、ヤジタは不意に肩を叩かれた。
「おう、ヤジタ。ちょっといいか?」
振り返れば、同じ野球部員の友人がふたり。ひとりがヤジタの肩に腕をまわす。
「おまえ、さ、最近スイと随分仲良くおしゃべりしてんじゃん。どーしちゃったの」
「昼飯のときだけだよ。マキノが勝手に連れてくるんだ」
「え、なにお前、マキノと付き合ってんの」
「ちげぇよ。あいつ、他校に彼氏いるし。向こうから来るんだよ。断る理由もないから、一緒に食ってんの」
「『断る理由がない』ねぇ。俺なら、スイがいるってだけで、もうヤダ」
もうひとりが言う。
「だよな! 俺もそーだわ。安心してメシが食えねぇや。ははは」
肩に腕をまわしている方が同意する。
ヤジタの耳元で、スイの悪口を言う。
うるせぇ、黙れ。
その時、始業のチャイムが鳴った。友人がヤジタから離れ、各自の席へ戻った。
ヤジタは、ほっと息を吐いて顔を上げると、ちょうど教室に入って来たスイと目が合った。さっきの会話を聞かれていなかっただろうかと不安になった。
スイが微笑む。
不意を衝かれて、ヤジタは思わず目をそらした。無視をする風になったのでスイを傷つけたかもしれない、と慌てて顔を上げ、前方のスイの席の方を見たが、スイは席について背を向けていた。
ヤジタは気まずさを感じながらも、スイが自分に好意を持っていると知って、心の中で喜んでいた。
しかし、スイが微笑みかけてくれたからといって、自惚れてはいけない。自分は、あの時たまたま倒れたスイを助けただけのクラスメートにすぎない。たまたま昼飯を一緒に食べているだけ、それも、いつも一緒に食べているマキノのおまけでしかない存在だ。俺なんかがスイといい関係になったら、絶対に笑われる。
ヤジタは自分に言い聞かせ、スイへの気持ちを胸の奥底にしまいこんだ。