ある人が、赤は情熱の色だと言っていた。ある人というのは、まぁ、僕の愛していた女性なんだけど。昔の話さ。

彼女は赤が好きで、着る服はいつもどこかに赤をしのばせていた。帽子、靴、爪、ストール、上着、ワンピースなど、挙げたらきりがない。

「いつも赤を身につけていると、気分が高揚してくるの。なんでもできそうな気がしてくるの」

彼女は、時々そんなことを興奮気味に語った。僕は、そんな彼女が好きだった。彼女は、そんな僕の兄を、好きだった。

ある日、彼女は僕に言った。

「ねぇ、あなたの血を分けてくださらない?」

愛する彼女のためならと、僕は二つ返事で引き受けた。何のために必要なのかさえ聞く事もせず、毎日、腕に赤い注射針の跡が増えていくのを眺めていた。筒に、真っ赤な僕の血が溜まっていくのが快感で、確かに赤は情熱の色だな、と満足していた。

数日経った頃、兄が突然倒れた。起き上がることすら困難な状況で、彼女は献身的に兄の面倒を見ていた。その間、彼女は忘れていたのか、僕の血は抜かれないまま日々は過ぎた。腕の注射針の跡が黄色くなるまでほったらかされた僕は、兄への嫉妬で満ちていた。

やがて、兄の体調が良くなり、彼女の看病がなくとも動けるようになってきた頃、彼女が僕の血を求めた。

誰にも知られない、秘密の営みが再開される。彼女を独占できる、唯一の時間。僕は、束の間の優越感に浸る。情熱の、赤い液体に、浸る。

またしばらくして、兄が体調を崩し、倒れた。彼女があいつの看病をする。幸せそうに。行き場のなくなった僕の血は、ぐるぐると身体中を駆け回る。嫉妬の炎で煮えたぎる僕の血は、あいつへの妬みが凝縮されてドロドロになっているだろう。

ここで、僕は気づいてしまった。生まれてから特に病気もせず、健康体で生きてきたあいつが、この短期間で二度も倒れたのだ。

あいつが倒れ、彼女が看病する。その間、僕の血は抜かれなくなり、あいつの体調が良くなった途端に、彼女は僕の血を求める。そして、またあいつが倒れ、彼女が看病し、僕の血は抜かれなくなった。

僕の血と、あいつの体調が、何か関係しているのは明らかだった。そういえば、彼女はおまじないが好きだったような気もする。あいつの看病をする彼女は、実に幸せそうだ。僕には見せたことのない表情で。

あいつの体は僕の血でできている。直感で、そう感じた。

あいつの体調が良くなり、また彼女が僕の血を求める。僕の唯一の幸福。だけど、彼女がまたあいつのもとへ行くことは、僕にとっては不幸だ。あいつさえいなければ、と願う。あいつがいなくなったら、彼女は僕の血を求めるだろうか。わからない。

彼女が、僕の血を抜いた。今日の血は、いつにも増して、色が濃かったように思う。

その分、僕は深く深く、幸福に浸った。

翌日、あいつが倒れ、そのまま帰らぬ人となった。彼女は「こんなはずじゃなかったのに」と取り乱し、毎日泣いた。それ以降、彼女が僕の血を求めることはなかった。

ある日、彼女は身体中の毛と爪を赤く染め、全身赤い服で、泣きはらして真っ赤な目を開けて死んでいた。

赤は情熱の色だと彼女は言った。それを証明するかのように、あいつの墓の上で死んでいた。僕の、情熱的な赤い血は、身内を殺し、彼女を不幸にした。

赤は情熱の色だと彼女は言った。けれど、僕にとっては罪の色。